東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)190号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第三号証ないし第五号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
本願発明は、マスターマトリツクス(母型)に基づいて設計されたビデオ・デイスクを、大量に生産するために使用する製造用金型に関するものである(補正書一。第三頁第二行ないし第四行)。ビデオ・デイスクを大量に生産するに当り、例えば従来の金型によるプレス法では金型の摩耗により正確なビデオ・デイスクを得ることは期待できなかつた。本願発明は右知見に基づき、正確なビデオ・デイスクを次々に製造できる金型を提供することを目的とし(昭和五七年一一月一一日付け補正書、以下「補正書二」という。第三頁第三行ないし第一一行、補正書一、第三頁第二行ないし第八行)、特許請求の範囲(前記本願発明の要旨)記載のとおりの構成を採用したもので、本願発明によれば、母型からまず正確な副母型を順次作成し、この副母型を利用してビデオ・デイスクを次々に製造できるから正確且つ量産に適したビデオ・デイスク製造装置を得ることができるという作用効果を奏するものである(補正書二、第三頁第三行ないし第一一行)。
(二) 一方、第一引用例には、「デイスク上にテレビジヨン・プログラムビデオ情報)を記録するもので、その情報はら線状トラツクに小さなピツト(くぼみ)で表されており、プレヤーではヘリウムネオンレーザで作られた非常に小さくて強力な光点を使つて情報を読み取る。デイスクを製造する際には、グラモホンレコード材料と類似のコンパウンドを鋳型にはさんで加圧する。加圧後、該レコードは薄い反射金属層で覆われる。」旨の事項が開示されており、第二引用例には、「第一母型盤面に適当温度圧力によつて成形され得る純良均一なプラスチツク又は適当物質を供給して加熱、圧着、成形して第一父型盤を作る。第一父型盤から第二母型盤が相当数作られる。さらに、第二母型盤から第二父型盤を作り、これを原盤として多数のレコード音盤を製造する。」旨の事項が開示されていることは当事者間に争いがない。
2 取消事由1について
原告は、「本願発明は、光を正確に反射させる平面領域と光を分散させる変形領域を交互に配し、そのコントラストによつて情報を読み取るデイスクであるが、第一引用例には、光の正確な反射と拡散(分散)といつた二つの光反射の差異によつてビデオ情報を表すことを示唆した記載は全く見当らない。本願発明は光の散乱を利用してるものであるのに対し、第一引用例記載のものは、光の干渉あるいは回折効果を利用するという異なる光学的現象を利用しているから、両者は本願発明の構成要件(a)において一致し、また同(f)は第一引用例の記載内容から容易に推考し得るとした審決の認定、判断は誤りである」旨主張する。
前掲甲第五号証によれば、本願発明は、デイスク表面に配列される変形領域の形状について、特許請求の範囲に、「デイスク表面にビデオ情報を表すバンプ(突起)又はくぼみから成る変形領域と平面領域を(中略)配列した母型デイスク22を用意し、」(昭和五八年八月一〇日付け手続補正書、以下「補正書三」という。第二頁第七行ないし第一〇行)「デイスク素材60表面のバンプ(突起)又はくぼみから成る変形領域プレヤー装置からの光ビームを分散させるが、この変形領域に隣接する平面領域に当る光ビームは正確に光反射させるようにし、このような光学的コントラストによつてビデオ情報を担当するようにした」(補正書三、第三頁第五行ないし第一一行)と記載され、また、発明の詳細な説明中には、「この型式のレプリカが、再生用として良好な機能を発揮するためには、表面の不連続部を、隆起部ではなく、むしろくぼみにした方がよく」(補正書一第六頁第一行ないし第三行)、「第1図には、本発明に従つて作成した金型10の一部を斜視図にて示す。金型10の上面12には、概ね同心状のらせんトラツク16に複数個のくぼみ14が配設されている。個々のくぼみは、概ね円形をなすように配列されているが、トラツク16は不連続的であり、隣接するくぼみ14の間に平坦な面領域18が設けられている。第1図に示した好ましい実施態様には、くぼみ14を含むトラツク16を示してあるが、くぼみ14の代りに、突起即ち「バンプ」を設けることも可能である。」(補正書一第七頁第一四行ないし第八頁第五行)、「情報を表わすために「バンプ」を利用するシステムという観点から、金型及び該金型を利用するレプリカの作成について説明して来たが、表面がマトリツクスに類似し、且つ別のレプリカを鋳込むことが出来る金型を製造するのに、同じプロセスを採用することも可能である。別のレプリカでは、情報はレプリカ表面にくぼみとして表わされる。」(補正書一第七頁第一〇行ないし第一八行)、「本発明により得られたビデオ・デイスクは上記反射金属層68を持つデイスク素材60表面のバンプ(突起)又はくぼみから成る変形領域はプレヤー装置からの光ビームを分散乃至拡散させ、又この変形領域に隣接する平面領域に当る光ビームは正確に反射させるようにし、この光ビームの分散乃至拡散と光ビームの正確な反射という二つと相異なる光学的コントラストによつてビデオ情報を担持したものであり、上記デイスク表面の反射金属層はこのような光ビームの反射効率を著しく高めるものである。」(補正書二第二頁第八行ないし第一九行)と記載されていることが認められる。
右認定の記載事項によれば、本願発明のデイスク表面に配列された変形領域は、突起(バンプ)とくぼみのどちらの形状をとることもできること、及び右変形領域はプレヤー装置からの光ビームを分散ないし拡散させ、またこの変形領域に隣接する平面領域に当る光ビームは正確に反射させるようにし、この光ビームの分散ないし拡散と光ビームの正確な反射という二つの相異なる光学的コントラストによつてビデオ情報を担持したものであることが認められる。
一方、第一引用例記載のものは、前記第一引用例の記載からして、ビデオ・デイスクの表面にピツト(くぼみ)からなる変形領域を有し、この変形領域で光ビームを分散させて情報を読み取るものであると認められる。
原告は、第一引用例記載のものは、本願発明とは異なり、光の回折効果あるいは干渉という光学的現象を利用しているものであると主張するが、本願発明は、前記認定のとおり、第一引用例記載のものと同様、くぼみから成る変形領域を有するものがあるところ、その形状について特定しているものとは認められないから、右くぼみの周縁部は、ビデオ・デイスクの表面に対してほぼ直角の角部を形成するものもあり、この場合、右角部には光の回折現象により二次波頭が形成され、光の分散が生じるものと理解される。
また、前掲甲第三号証によれば、本願発明は変形領域の実施態様に関して、「別の設計例では、位相コントラスト光学が採用してある。この場合には、各反射面の間隔を、nλ/4(ここではλは再生輻射の波長、「n」は奇数)とし、それにより、一方の表面から反射した光を役立つように干渉させ、かつ他方の表面からの光を役立たないように干渉させるのが望ましい事が明らかになつている。」(補正書一、第六頁第一六行ないし第七頁第二行)「上記においては、情報の確認のために光の拡散を利用するビデオ・デイスク・システムについても述べて来たが、こうしたシステムにおいて、本願発明の金型は、元のマスター(母型)から作成することが出来る。反射平面nλ/4(ここで、λは点滅する輻射の波長、nは奇数の整数)の垂直距離だけ分離されており、容易に複製出来る。」(補正書一、第一七頁第一八行ないし第一八頁第五行)と記載されていることが認められ、右記載からすると、本願発明では、(イ)位相コントラスト光学を利用した方法が採用されていること、この方法は、突起又はくぼみからなる変形領域の反射面と平面領域の反射面の各反射面の間隔を、nλ/4(ここでλは再生輻射の波長、「n」は奇数)とすることにより、一方の表面から反射した光を役立つように干渉させ、かつ他方の表面からの光を役立たないように干渉させること、(ロ)情報の確認(読みだし)のために光の拡散を利用するビデオ・デイスク・システムが利用できるが、こうしたシステムにおいて、反射平面がnλ/4(ここで、λは点滅する輻射の波長、nは奇数の整数)の垂直距離だけ分離された母型を用いるシステムもあること、すなわち、本願発明は、突起又はくぼみからなる変形領域とその間に設けられた平面領域のそれぞれの反射平面が、読取り光ビームの波長の四分の一隔てられることにより生じる干渉を利用した情報記録システムも用いられるものであることが認められる。
したがつて、本願発明において、変形領域によつて光ビームを分散させるということは、位相コントラスト光学を用いた四分の一波長差に基づく光の干渉によるシステムも含むものであると解される。
一方、本願発明は前記認定した特許請求の範囲に記載したとおりのものであり、本願発明は光ビームの分散を光の散乱であると限定するものではなく、さらに、光ビームを散乱させるための具体的な構成を特定したものとも認められないから、原告の、本願発明は光の散乱を利用したものであるとの主張は、本願発明の構成要件に基づかない主張であるといわざるを得ない。
さらにまた、原告は、本願発明は銃眼構造を要求しておらず、光の検知効率は第一引用例記載のものに比べて二倍以上である旨主張する。しかしながら、前記認定したとおり、本願発明は変形領域に突起又はくぼみを有しており、その形状を特定していないから、右銃眼構造は本願発明のくぼみの一実施態様に含まれることが明らかであつて、この点において第一引用例記載のものと相違するとはいえない。そして、成立に争いのない甲第一八号証によれば、右供述書に記載された検知効率の点も、本願発明の「突起」が丸い隆起部となつている場合での結果であることが認められ、突起のみならずくぼみも包含し、その形状について特定していない本願発明において、単なる一実施態様における検知効率をもつて比較判断することは相当ではない。
そうすると、本願発明の方法によつて得られるビデオ・デイスクも、第一引用例記載のものも、共にビデオ・デイスクの表面に突起又はくぼみからなる変形領域を有し、この変形領域で光ビームを分散させるものであつて、この点における構成及び作用効果を異にするものとは認められないから、本願発明の構成要件(a)は、第一引用例記載からして既に公知であり、同(f)についても、第一引用例の記載内容から容易に推考し得るとした審決の認定、判断に誤りはない。
3 取消事由2について
(一) 原告は、第二引用例記載のものは、第一母型盤にプラスチツク又は適当物質を供給して加熱、圧着、成形して第一父型盤を製造するものであるが、本願発明の特に構成要件(c)では、加熱、加圧という技術手段を用いることをやめ、金型の表面に基質を均一に押し付けて転写するという方法を提案している旨主張する。
しかしながら、審決が第二引用例の当該記載事項を引用し、本願発明と対比判断しようとしたのは、主として、本願発明の「金型を成形するための材料を母型デイスクの表面に圧接して、その表面に母型デイスクの表面のくぼみ又はバンプを正確に転写して新しい負の金型を形成する」という構成要件(b)についての進歩性の当否に関してであることは、前記審決の理由の要点から明らかであり、本願発明の構成要件(c)については、後記(二)認定のとおり、第一引用例記載のものと同じ方法で作られているということができるから、第二引用例記載のものの製造工程が原告主張のとおりであるとしても、この点において審決の認定、判断が誤りということはできない。そして、右構成要件(b)は、負の金型を形成するために材料を母型デイスクの表面に圧接することを要件としただけであり、一方、第二引用例に記載する「材料の圧着」とは、母型デイスクの表面に供給された材料に圧力を加えて母型デイスクの表面に密接させるものであつて、本願発明の「圧接」と第二引用例の「圧着」とは同様な内容を示すものであることが認められ、本願発明の(b)の構成は第二引用例に開示されているとした審決の認定、判断に誤りはない。
(二) 原告は、第一引用例の記載は、従来のレコード製造技術に対応する材料を金型で加圧することを意味するのみで、本願発明のように金型の表面の空気、ガスを完全に除去し、金型の表面を基質に完全精密に転写再現するものではない旨主張する。
しかしながら、本願発明の構成要件(c)は、基質については合成樹脂材料を用いること、これを金型の表面に均一に押し付けて金型の表面状態を転写することを特定するだけであり、その基質を構成する合成樹脂材料がどのような形態で用いられるか、基質を金型に均一に押し付けるための手段はどのような手段であるかについては何ら特定するものではない。
前掲甲第三ないし第五号証によれば、原告が援用する本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載は、右構成要件(c)における一つの実施例にすぎないことが認められ、本願発明は、発明の目的から逸脱しない限りこれらの実施例にとらわれず、発明の構成に欠くことができない事項であるところの、合成樹脂材料から成る基質を均一に押し付けることができる様々な態様を自由にとることができるものであり、特許請求の範囲に記載された以上に本願発明の構成要件を特定するものではない。
そうすると、本願発明の構成要件(c)は、第一引用例記載のものが開示しているところの、「金型の表面を転写するため、合成樹脂をモールド間で加圧する」との方法に相当するものであり、右加圧の際、転写を正確にするため、合成樹脂材料を金型の表面に均一に押し付けることは当然に配慮されていることと解するのが相当である。
したがつて、本願発明の構成要件(c)について、第一引用例記載のものとの間に、原告主張のような相違は認められず、右構成要件(c)は、第一引用例記載のものも同じ方法で作られていることは明らかであるとした審決の認定、判断に誤りはない。
4 以上のとおりであつて、本願発明と第一引用例及び第二引用例記載のものとの技術内容を対比検討し、本願発明は、第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて容易に発明できたものであるとした審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
マスターマトリツクス(母型)から光学式ビデオ・デイスクを大量に生産するための方法において、
(a) デイスク表面にビデオ情報を表わすバンプ(突起)又はくぼみから成る変形領域と平面領域を一連に且つ同心状のトラツクに沿つて配列した母型デイスク22を用意し、(以下「構成要件(a)」という。)
(b) 金型を成形するための材料を前記母型デイスク22の表面に圧接して、その表面上に前記母型デイスク22の表面のくぼみ又はバンプを正確に転写して新しい負の金型10を形成すると共に、(以下「構成要件(b)」という。)
(c) 該金型10の表面に合成樹脂材料からなる基質50、56を均一に押し付けて該基質表面に前記金型10の表面状態を転写して、該基質表面に前記最初の母型デイスク22と表面が同一のデイスク素材60を得ると共に、(以下「構成要件(c)」という。)
(d) 前記デイスク素材60の表面をアルミニウムのごとき薄い反射金属層68をもつて被覆して複製ビデオ・デイスクを形成し、(以下「構成要件(d)」という。)
(e) 更に前記反射金属層68に透明プラスチツク・コーテイング材70を設け、(以下「構成要件(e)」という。)
(f) 前記反射金属層68を持つデイスク素材60表面のバンプ(突起)又はくぼみから成る変形領域はプレヤー装置からの光ビームを分散させるが、この変形領域に隣接する平面領域に当たる光ビームは正確に光反射させるようにし、このような光学的コントラストによつてビデオ情報を担持するようにした、(以下「構成要件(f)」という。)
ビデオ・デイスクを製造する方法